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【解説】満鉄並行線問題

 注:満鉄の収益悪化の原因が世界恐慌だけなのか、或は所謂満鉄並行線の運行が大いに関係しているのか――という問題はこの本稿では扱わない。

 満洲では日本・ソ連だけでなく、当然中国も鉄道を持っていた。1930年12月13日、大阪朝日新聞は次のように報じている。

仙石貢 満鉄総裁
大阪朝日新聞1930年12月13日

重大視すべき

満鉄包囲線

支那側の用意周到な計画

交渉はスラスラ運ぶまい

▷……在満邦人は仙石満鉄総裁に対し「満鉄今日の萎靡と満蒙政策の危局を招いたのは仙石総裁在任一ヶ年半の無為無能に本づくところが多いから速かに引責辞職せよ」と排斥決議をつきつけたが、当の仙石翁は「満鉄の業績不振は世界的不況の影響だ、支那側が満洲に鉄道を敷いてもそれは支那の自由だ、満蒙文化のためには鉄道の出来るのは結構なことだ、俺は任期があるからやめないよ」と空嘯いていたものだ

▷……ところが今度上京して見ると満鉄の不振を責める声と支那側の満洲鉄道敷設計画はやがてはわが満蒙政策の破綻を導くものであるとて政府と満鉄を責める声が意外に高いのでさすがの仙石総裁もこれではならぬと、満洲に赴任したばかりの外交担任の理事木村鋭市氏に急電を発して東京に招致し、外務、拓務、陸軍などの関係各省との間に新満蒙鉄道政策に関する新政策を決定し十二日の閣議に幣原外相が同案を上程説明して閣議の承認を経たので木村満鉄理事は奉天当局と交渉を開始するため十二日午後一時東京駅発列車で急ぎ満洲に向った

▷……新交渉は満洲の特殊性にかんがみあくまで日支共存共栄主義に則って平和協調裡に満蒙鉄道に関する日支間に蟠れる禍根を根本的に打開せんとするにあってわが国としてはこれがためには相当の譲歩と援助をさへ惜まぬ方針であるがこの新交渉の根本は

一、支那側の計画せる満鉄並行線をどの程度まで承認するか

一、日本の既得権たる条約線をどう処理するか

に重点が置かるべきものであり、またこの新敷設線の分野の決定が出来るや否やが交渉の成否の分れ目とも見られる

▷……支那側の満蒙鉄道網計画には東北交通委員会案、南京政府交通部長王伯群氏の作成せしめた全国路線統一案、ケメラー委員会の全国鉄道網建設案等各種の案があるがその中心を成すものは東北四省官憲が作成した東北交通委員会案であるが、同委員会の作成した満蒙鉄道網建設案を東西両大幹線にわかって表示すれば次の通りである

東大幹線に属する予定線(現大洋単位千元)

名称延長(粁)建設費
安東―海龍線四二三一〇,〇〇〇
撫順―長白線四五七一〇,〇〇〇
海龍―延吉線三八九一〇,〇〇〇
吉林―同江線七二六五〇,〇〇〇
下九台―張家湾五八五,〇〇〇
呼海鉄道支線  
 A 興龍鎮―東興鎮線七六
 B 綏化―鐵驪線八八
 C 綏化―富景線五〇二,四〇〇
綏化―望奎線三六二,〇〇〇
呼蘭―巴彦線六二三,〇〇〇
延吉―敦化線一三五七,〇〇〇
二,五〇〇九七,〇〇〇

西大幹線に属する予定線

洮南―索倫線一八〇七,〇〇〇
洮南(索倫)満洲里線四八九三〇,〇〇〇
洮南―長春線三四三二〇,〇〇〇
克山―黒河(斉黒線)三七八四〇,〇〇〇
斉黒線の寧年―訥河線八〇一,六〇〇
通遼―開魯―魯北支線二一二二,〇〇〇
開魯―林西支線二二五六,〇〇〇
葫蘆島―多倫線四九八二〇,〇〇〇
瀋陽―遼中線六六三,〇〇〇
二,四七一一二九,六〇〇
東西総計四,九七一二二七,〇〇〇

即ち葫蘆島を基点として打虎山−奉天−海龍−吉林−五常−依蘭−同江−綏遠に至る東大幹線および同葫蘆島を基点として打虎山−通遼−洮南−昂々渓−斉々哈爾−黒河に至る西大幹線の両幹線ならびにその支線の延長は実に四千九百七十一キロメートル、その建設費二億二千七百万元の巨額に上ってゐるが、この両大幹支線が完成せんか満鉄は完全に支那鉄道のために包囲されて幹線鉄道としての地位を奪はれ単なる局部的鉄道となり延いてわが満蒙における特殊地位を根本から覆すと視るべきもの、次にわが国が日支間の条約協定によって敷設権を獲得してゐる鉄道は次の諸線である

 延長(粁)
長春―大賚線二一二
吉林―五常線一六九
洮南―索倫二二〇
吉会線五二三
延吉―海林線二六一

(註)吉会線の距離は特に吉林―雄基間とした

この五線は昭和二年十月張作霖氏と山本前満鉄総裁との間に成立した新満蒙五鉄道であってその内長大吉会の両線は本契約成り遅くも昨年五月十五日までに起工さるべきであったが張学良氏はこれが敷設を肯んぜざるのみか洮索線の如きは日本に一片の通告さへ行はずして昨年八月敷設工事に着手しすでに洮安−王爺廟間八十四キロメートル間の営業を開始した、我国はそのほかなほ大正七年の「満蒙間鉄道に関する覚書」によって四平街−吉林線、長春−洮南線などの借替優先権を持っているが四平街−吉林間は支那側の開拓軽便鉄道並に支那が約束を蹂躙して敷設した海吉線とが出来上ってゐるから我国の既得権は実質において失はれたわけであり、新満蒙五鉄道と一部を重複する長洮線の敷設の成否は吉会線にあって我国の最も重視してゐる鉄道である

▷……最後に一言しなければならないことは支那側の計画は頗る周到な用意のもとに作成されさきに述べた以外において極めて重要なる満鉄脅威線が計画されてゐることである、要するに支那側の計画は新鉄道をドシドシ建設することによって満鉄を圧迫せんとするものであるとも考へられ新交渉の成否は極めて重大視されてゐる

 要するに、中国の鉄道敷設計画や葫蘆島での築港がこのまま進めば、満鉄の東西に少なくとも2つの「大幹線」(下図の赤い太線)が走って葫蘆島へ繋がることになる。これら中国側の敷設済/敷設中/計画段階の諸鉄道を「満鉄包囲網」と呼び、満鉄の脅威として「重大視すべき」と書いているのである。これが満鉄並行線問題である1

アジア歴史資料センター Ref.D15020079800 を基に作成。注:計画段階~敷設済の鉄道を網羅している訳ではありません。

 満洲事変後に書かれた「満洲国現勢」康徳2(1935)年版(満洲国通信社)は、並行線問題について「昭和六年の満洲事変は蓋しこれ等諸情勢必然の結果である」(362頁)とまで述べている。仙石総裁が記事冒頭で述べているように、中国は中国の領土で鉄道を敷設しているだけだ。どんな理屈で以ってこれが満洲事変のようなテロの正当化に利用されているのだろうか。

所謂「秘密議定書」

 日本側が中国の鉄道政策を不当化する根拠として持ち出したのは、日露戦争後に満洲善後条約締結に向けて日清間で行われた北京会議の第11回目(1905年12月4日)分の議事録である。ここに「条約ニ之ヲ掲ケズ左ノ声明ヲ会議録ニ記入シ置クコトニ決セリ」として、下記の文言が記載されている。

清国政府ハ南満洲鉄道ノ利益ヲ保護スルノ目的ヲ以テ該鉄道ヲ未タ同収セサル以前ニ於テハ該鉄道附近ニ之ト併行スル幹線又ハ該鉄道ノ利益ヲ害スへキ枝線ヲ敷設セサルコトヲ承諾ス

これについてリットン報告書は、

右北京会議録中に記載ある外彼の約束を包含する文書は他に存せざることに付、日本国及支那国参与員よりの同意を得たり。

と述べている。尚、満洲善後条約批准にあたり小村寿太郎外相は帰国後、枢密院会議にて「旅順長春間鉄道ト竝行スル幹線ヲ敷設セズ又南満洲鉄道ノ利益ヲ害スル支線ヲ敷設セズ」との内容を「秘密約束」の1つとして報告している。満洲善後条約締結に向けた北京会議の中で同様に議事録に記載された「秘密約束」を、日本外務省は16個摘録し、1906年に極秘で米英向けに内報2 、満洲事変中の1932年1月14日に公表している3 。これが、満鉄並行線禁止文言の国際法的効力を訴える立場から「秘密議定書」などと称されるものである。リットン報告書が

支那側に於て、何が併行線なりやに関する定義を希望したるも、右定義は未だ定められたることなし。

と述べているように、「並行線」の定義は無かったのだが、中国側の鉄道計画には、葫蘆島築港と合せ国権回収気運の中で満鉄の影響力からの脱却を目指す意図はあったようである4

これは国際法なのか?

 満鉄並行線敷設禁止の規定は結局、条約には一切記載されておらず、1905年の会議の議事録に記載されているに過ぎないことが分かった。これは国際法なのだろうか。兒島俊郎「満鉄併行線禁止規定の存否と法的効力について」(長岡大学研究論叢第11号 2013年7月)は、満鉄調査部編纂「満洲交通史稿」における並行線禁止規定に関する記述を紹介している。以下ではこの論文から「満洲交通史稿」の記述を引用させて頂く。(太字は私による)

「満洲交通史稿」 > 第五章「日露戦争当時ノ日本鉄道ノ進出」 > 第四節 > 第三項「鉄道権益ニ関スル支那側ノ保障」(満洲交通史編纂係 川本久雄) > 第二「南満洲鉄道併行線建設禁止特権」 > イ「秘密議定書ノ存否」 ――は、上述の16ヶ条から成る所謂「秘密議定書」の成立ちについて、次のように説明している。

南満洲鉄道併行線敷設禁止特権ハ所謂秘密議定書第三条ヲ以テ左ノ如ク規定シタモノデアル

第三条 清国政府ハ南満洲鉄道ノ利益ヲ保護スルノ目的ヲ以テ該鉄道回収以前ニ該鉄道ニ近ク若ハ之ト併行シ該鉄道ノ利益ヲ害スル虞アル他ノ鉄道ノ本線又ハ支線ヲ敷設セザルベキコトヲ約ス

従ッテ併行線敷設禁止特権ニ関シテハマヅ秘密議定書ノ存否及性質ヲ究明スルヲ要スルカ所謂秘密議定書トハ議定書ノ形式ヲ備ヘタルモノニ非ズシテ満洲ニ関スル条約会議ノ議事録ヨリ摘録シタル秘密事項デアル

明治三十八年十一月十七日満洲ニ関スル条約第一回会議ニ於テ会談ノ要領ヲ定メタルカ其ノ一トシテ議事ハ厳ニ秘密ニスル事ヲ定メ十二月十九日第二十一回会議ニ於テハ更ニ議事ヲ秘密ニスルノミナラズ議事録ノ事項ヲモ永久ニ秘密ニスル事ヲ協定シタ。

日本全権ハ一定ノ約束事項ヲ条約文中ニ挿入セン事ヲ主張シタル所全権ハ対内関係上之ヲ条約文トシテ公ニスル事困難ナル事情アリ両国全権ノ記名調印セル議事録中ニ記入スルニ止メ公表セザリシモノ十六箇条アリタルカ之ガ所謂秘密議定書ト称セラルルモノデアル。

従ッテ秘密議定書ハ形式ヲ備ヘタル議定書ニ非ズ又之ニ挙ゲラレタル事項ハ其ノ第何条ナリト称スルヲ得ザルモノナルカ所謂秘密議定書ニ於テ便宜第一条乃至第十六条ト為セルニ依リ便宜其ノ第何条ト称スルノミデアル。

斯カル点ヨリシテ秘密議定書ノ存否及性質ガ問題視セラレ延イテハ其ノ効力モ亦疑問視セラルルカ其ノ存否ニ就テハ存否孰トモ謂フヲ得ベシ。形式的ニハ存在セズト為スヲ得ベク実質的ニハ存在ストナスヘキデアル。

秘密議定書全十六箇条ハ明治三十九年二月其ノ要領英訳文ガ日本政府ヨリ英米両国政府ニ対シ極秘トシテ内報セラレ又昭和七年一月十四日日本外務省ハ之ヲ公表シタ(附録第一号参照)。蓋シ外務省ハ坊間之ガ存否ニ疑ヒヲ持チ支那側ニ於テモ其ノ存在ヲ否認スルモノアリタルニヨルモノデアル

「満洲交通史稿」 > 第五章「日露戦争当時ノ日本鉄道ノ進出」 > 第四節 > 第三項「鉄道権益ニ関スル支那側ノ保障」(満洲交通史編纂係 川本久雄) > 第二「南満洲鉄道併行線建設禁止特権」 > ハ「併行線敷設禁止特権ニ関スル紛争」 ――は、議事録に記載された並行線敷設禁止規定の法的効力について、次のように論じている。

……顧維鈞ヨリリットンニ提出セル書面ニヨルモノ左ノ如シ

秘密議定書ト称セラレル十六箇条ハ事実仮約定ノ日々ノ会議録中ヨリノ任意ノ選択ニ過ギズ。右条項ハ会議ヨリ生ズル正式条約又ハ協定中ニ後ニ合一スルカ又ハ論議セラレタル主題ノ意味ニ晦冥ヲ与フルニ非ザレバ何ラ拘束力ヲ有スルモノニ非ズト思惟ス

……従ッテ単ニ議事録中ノ一部ヲ成ス所謂秘密議定書ハ満洲ニ関スル条約及附属協定ガ日支両国政府ニ依リ批准セラレタル時其ノ法律上ノ意義及拘束スル性質ヲ失ッタ。日本政府ガ右議事録中ヨリ十六箇条ヲ一方的ニ選択シ且夫レヲ任意ニ列挙シテ支那トノ正式且拘束力アル正文トシテ他ノ諸政府ニ公ニ提供シタルハ国際関係ニ於テ異例デアル。

(中略)

所謂秘密議定書ガ効力ヲ有スルヤ否ヤハ又法理論ト実際トノ両面ヨリ之ヲ観察スルヲ要ス。法理論上ハ原則トシテ議事録ハ正式条約トナルカ又ハ正式条約ニ関連シテ始メテ其自体ノ効力ヲ生ジ又ハ関連条約解明上ノ効力ヲ生ズルモノト為スヲ妥当トスルモ正式条約ト何等ノ関連ヲ有セザル場合ハ効力ナキモノト解スルヲ得ベシ。

所謂秘密議定書ハ該議定書掲載事項ヲ包含スル議事録ニ依リテ成リタル満洲ニ関スル条約及附属協定ニ関連ヲ有セザルニ依リ法理論上原則トシテハ其ノ効力ナキモノト解スルヲ得ベシ。然ルニ支那政府主張ノ如ク全然其ノ効力ナキモノトセバ何ガ為ニ係ル事項ニ関シテ会議ヲ為シ且議事録ヲ作成シタルヤ。会議ヲ為シ且議事録ヲ作リタル事ハ何等カノ効力発生ヲ予期シタルモノニ依ルモノトミルコトヲ得。……併行線ニ関スル議事録ハ既述ノ如ク満洲ニ関スル条約会議ニ於テ日支両国全権間ニ論争ノ見ルベキモノモナク容易ニ其ノ成立ヲミタモノデアル。而シテ日本全権ガ之ヲ条約文中ニ挿入セン事ヲ定義シタルニ対シ支那全権ハ対内関係上特ニ議事録ト為シ置ク事ヲ求メ之ニ決シ斯クテ本件ハ始メヨリ議事録タルノ運命ヲ有シタルモノデアル。従ッテ永久ニ議事録トシテ置クベキ特約ノ下ニナレル本件議事録ガ一般法理ノ原則ニ従ッテ効力ナキモノトナスハ妥当ナリト謂フヲ得サルハ当然デアル。之ヲ要スルニ其ノ効力ハ完全ナリト謂フヲ得サルモ其ノ存在ハ厳トシテ動カスベカラザルモノト解スベキデアル。

法的効力は無いが、「では何の為に議事録に声明として記載したのだ」と道義に訴えることはできる――結局こんな所だろう。この程度のことでは、中国側の主権回復の大義に対して優位性を保障できまい。

ちなみに、満洲交通史稿は上の引用の中で「併行線ニ関スル議事録ハ既述ノ如ク満洲ニ関スル条約会議ニ於テ日支両国全権間ニ論争ノ見ルベキモノモナク容易ニ其ノ成立ヲミタ」と述べているが、これは対華21ヶ条要求の時のような脅迫を伴っていないというだけのことだ。論争は明らかに生じている。満洲善後条約締結交渉時の会議録・談判筆記5 で議論の経緯を確認してみよう。1905年11月29日の第7回本会議で、日本側から「追加条款」として下記案を提出している。

第二 日清両国政府ハ南満洲ニ於ケル鉄道ノ利益ヲ保護スルノ必要アルニ由リ同地方ニ於ケル鉄道敷設ニ関シテハ両国政府間ニ予メ協議ヲ整フベキコト

これに対し中国側は12月4日の第11回本会議で、「修正案」として下記を提示した。

第二款 日本国政府允在东省铁路合同期限内如在南满洲即辽河以东各地方修造铁路等事预先向中国政府商准以期维持铁路利益

(DeepL翻訳→「第2項 日本政府は、東省鉄道の契約期間中、南満州での鉄道建設、すなわち遼河以東の場所での鉄道建設について、鉄道の利益を維持するために、事前に中国政府と協議することに同意した。」)この修正案に対し日本側小村寿太郎全権は、

第二条ハ我提議ノ主旨ト全ク異リテ貴方ノ案ハ修正ニアラス貴全権ノ新提議ナリ

と反発6 。ここから中国側袁世凱全権と下記のような遣取りになっている。

袁全権 多少貴方ノ主旨ヲ容レ置キタリ

小村男 此レニテハ日本政府ノミ束縛セラレ貴国政府ハ何等ノ束縛ナク随意ニ行フコトヲ得ルニアラスヤ

袁全権 清国ハ地主トレテ左様致スヘキコトナリ

小村男 我案ノ精神ハ日本ハ既ニ南満洲ニ於テ鉄道ノ経営ヲ許可セラレ之ヲ経営スル以上ハ相当ノ利益ヲ得サルヘカラス故ニ其利益ヲ害スルカ如キコトヲセラレナハ鉄道経営成立セス依テ此事ヲ協定シ置カント欲シタルナリ然ルニ貴案ノ如クンハ全然我主義ト相違スルニ付断然承諾スルヲ得ス

袁全権 併シ東清鉄道ニハ我カ政府ノ利益モ多少加ハリ居リ又安東奉天間ノ鉄道モ将来買戻シテ清国ノ有ニ帰スヘキモノニ付我方ニ於テハ孰レモ益々盛ナルへキヲ希望スルハ当然ナリ決シテ不利益ヲ与フルカ如キコトヲナサヽルヘシ

小村男 其御主旨ハ能ク了解スルトコロナリ御説ノ二鉄道カ収益ヲ生スルコトヽナレハ之ヲ貴国ヘ渡シタル後モ利益アルハ無論ノコトナリ果シテ然ラハ此利益ヲ完フスル様相当ノ手段ヲ執ラルヽコト必要ナリ

袁全権 我方ニ於テハ清国ハ地主ナルヲ以テ其位置トシテ敷設スル権アリト認ム又第二ニハ地主ノ権利ヲ束縛セラルヽカ如キコトアラハ内地ノ鉄道ニ関シテモ皆此ノ筆法ニヨリ扱ハンコトヲ他外国ヨリ要求セラルヘキヲ恐ルヽナリ

小村男 固ヨリ貴国ニ地主ノ権アレハコソ東清鉄道及安東奉天間鉄道ノコトモ取極ヲ為シタルナリ此ノ取極ヲ為シタル以上鉄道ノ利益ヲ害スルコトヽナリテハ清国カ地主トシテ与ヘタル利益ハ空トナル此利益ヲ相当ニ保護スルノ責任ハ即チ此利益ヲ与ヘタル地主ニ有ルニアラスヤ

袁全権 然レトモ明文トナサストモ清国ハ地主トシテ当然為スへキ責アリ只之ヲ明文ニ載スルノ要ナキヲ覚ユ

内田全権 此レハ新シキ事柄ニアラス既ニ南満洲ニ於ケル鉄道敷設ノコトニ付テハ清露両国互ニ協議スヘシトノコトヲ露国ニ許サレタルヲ以テ日本モ亦之ヲ移セルニ過キス之ヲ承諾セラルヽトモ重大ノ影響ハナカラン

袁全権 此事ヲ定メタル満洲還附条約ハ実行セサル条約ナリ

内田全権 実行セラレサル条約ナリト云ハルレトモ露国ハ必ス此ノ条項ノ実行ヲ責メタリシナルヘク日本モ亦之ヲ実行セントスルナリ

袁全権 此レハ非常ニ危険ナル紛擾ノ種子トナル条約ナリ

(中略)

袁全権 要スルニ清国ニテハ貴国ノ管理セラルヽ鉄道ニ対抗スルカ如キ鉄道ヲ造リ南満洲鉄道ノ利益ヲ害スルカ如キコトハ断シテ為サヽルナリ又斯様ノコトアラハ貴国ハ異議ヲ唱フルヲ得へシ此鉄道ノ利益ヲ保護スルコトハ当然ノコトナリ

小村男 其主意ハ了解セリ南満洲鉄道ノ利益ヲ害スルカ又ハ此レト対抗スル鉄道ハ造ラヌト云フ御主旨ハ能ク明瞭セリ就テハ其御主意ヲ明ニナシ置キタシソレハ条約ニアラス共可ナリ会議録ニテモ存記シ之ヲ明ニ致シ置キタシ

(此時袁全権ハ「可ナリ既ニ起草セリ」ト答へテ会議録掲載事項ノ草案ヲ出ス)(附属書第七号)

袁全権 我提案ノ此ノ条項ヲ御承諾アラハ条款ヲ削除シテハ如何

小村男 此ノ草案ノ内「鉄道」ナル下ニ「利益」ノ二字ヲ入レタシ又「幹路」ト限定スルハ不可ナリ

袁全権 幹路ハ敷設セサルモ枝線ハ敷設シテ差支ナキニアラスヤ

小村男 両方トモ含メサルヘカラス枝線ニテモ貴国ニテハ利益アリト認メラルヽモ我方ニテハ東清鉄道ノ利益ニ障害アリト認ムルコトアルヤモ知ルへカラス故ニ日本ノ承諾ナク勝手ニ敷設セラルヽコトハ我ニ大ナル関係アリ

(此時袁ハ草案ヲ更ニ改メ小村男ニ交附ス)(附属書第八号)

小村男 此レニテ我主旨ト一致セリ

袁全権 然ラハ之レヲ会議録ニ留ムヘシ

(中略)

附属書第七号

中国政府为维持东省铁路起见於未收回该路之前允於该路附近不筑并行干路

附属書第八号

中国政府为维持东省铁路利益起见於未收回该路之前允於该路附近不筑并行干路及有损该路利益之支路

  1. 「併行線」「平行線」等の表記もあるが、本稿の地の文は「並行線」と書く。 []
  2. 1906~1908年にも、新民屯から法庫門へ向かう鉄道の敷設の是非(「並行線」に該当するか否か)を巡り日清間で対立したことがあった。 []
  3. 日本が摘録し公表した16ヶ条については、満洲事変及上海事件関係公表集を参照。摘録・内報・公表の経緯は、下で引用する「満洲交通史稿」が説明している。 []
  4. 吉川弘文館「二〇世紀満洲歴史事典」P.570 ころとう【葫蘆島】 []
  5. アジア歴史資料センター Ref.B04013459900、満洲ニ関スル日清協約及附属協約締結一件(北京条約)(B-1-0-0-J/C2)(外務省外交史料館) []
  6. アジア歴史資料センター Ref.B04013460600、満洲ニ関スル日清協約及附属協約締結一件(北京条約) 3.満洲ニ関スル日清交渉談判筆記 分割3(B-1-0-0-J/C2)(外務省外交史料館)PDF.71/103 []