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内田満鉄総裁に対する本庄関東軍司令官よりの懇談事項要旨
アジア歴史資料センター Ref.C14020327700、内田満鉄総裁に対する本庄関東軍司令官よりの懇談事項要旨(防衛省防衛研究所)
1931年10月06日、関東軍司令部
内田満鉄総裁に対する本庄関東軍司令官よりの懇談事項要旨
昭和六年十月六日
関東軍司令部
一、今回の事変に際し貴会社の特別なる御配慮に依り繁激なる軍事輸送を円滑に遂行することか出来或は繁忙なる貴社業務の支障多きに係らず当軍の依嘱に応し幾多有能の士を派遣せられたる御厚情は衷心感謝に堪へぬ所である。其の他万般に亘り御援助を受け軍の行動に寄与せられつゝあるのは大いに意を強くしてゐる次第である
二、九月十八日夜半支那東北軍歩兵第七旅の一部に依り北大営西南方の鉄道線路を爆破せられ且我守備兵を襲撃せられたことに端を発して先づ在奉日支両兵の交戦を見るに至つた。
御承知の如く最近東北四省の排日は侮日行為と化し甚しきは皇軍の威信すら傷つくるに至り頻発する各種の事件に常に憤激を感じつつ軍は応変の準備を整へてゐたのであるが斯くなる上は軍の任務を完全に達成する為断然之に一撃を加へ膺懲し以て禍根を永遠に断つに如かずと考へ出動に決した次第である
何分延長物体の保護であり且寡兵を以て衆敵に当る必要もあるので併せて營ロ、鳳凰城等の支那兵の武装を解除し且長春は当初は先づ万一の変に備へしめた謂である。幸ひ天佑と貴方の適切、機敏なる列車の配給竝運行に依り且又隷下将卒の奮励に依つて奇功を奏したのは不肖の深く光栄とする所である
三、占領後奉天省城の如きは在来の政権者流逃避散逸し為政の適任者がないので取敢へず土肥原大佐を市長として之に若千の者を附け其の指導を以て市政を行はしめつつあるが逐次治政の挙るのを待つて支那側に換へる心算で居る、又營ロ、長春、四平街等の如きは全然支那側の希望に基き各々其の実情に即し現地に適合した如く行政に任ぜしめている次第である
軍は今や奉天、長春等満鉄沿線に主力を集結し吉林、鄭家屯其他に一小部隊を派遣して専ら治安の維持に任ぜしめてゐるが敗残兵が所在に乱暴狼藉をするのには困却してゐる
四、事態今日の如く拡大し一方張學良に対する民心既に去り其の威令は全く東北四省内に行はれてゐない、今や随所に政権樹立の運動が勃発しつつあるが之等も我日本の態度や蘇露の窺倫を伺ひ或は再び学良でも帰るのではないかと言ふ様な各種の揣摩憶測に迷って其の去就をも明確に決し兼ねて居る状態である、之を早く収拾し混乱を防止し安寧を保つことは東北四省三千万民衆の福利を増進し我日本の利益を計る所以である之れ刻下の最大急務と謂はねばなるまい、之を放置するに於ては満蒙は絶えざる不安に駆られ支那本土の対日感情も結局落付かないであらう。
五、其処で予は此難局を打開するためには是非共新政権を樹立するより外に策がないものと確信する、唯単に既得の権益を擁護する位では結局南満洲丈けの問題に留り禍根は永く後世に残るであらう、此の際は是非共在満三千万民衆の共存共栄の為或は我国家永遠の生存権を確立する為百年の大計を樹立し建設的方策に向って積極的に邁進すべきである、而已ならず此新政権の樹立は一日も速ならんことを必要と思惟するものである
此新政権樹立の為には次の如き原則に準拠するのを有利と信ずる
一、満蒙を支那本土より全然切り離すこと
一、満蒙を一手に統一すること
一、表面支那人により統治せらるるも実質に於ては我方の手裡に掌握せらるること
而して右の新政権は結局実質的には我国の保護下に置かなければなるまい。尠くとも軍事、外交、交通の実権を収めるの要がある
経済上より観察し或は単に満鉄自体の発展を考ふるも又国防上の見地より判断するも将来の政治上の推移を予測するも何れも南満及北満は之を一元として策案を樹つることが絶対に必要である
扨て近頃新聞紙上等で見受けるのであるが徒に国際聯盟とか米国の向背を気にして事変の根本原因を見究めず対策も考へずに過早に南京政府に交渉するとか撤兵するとかを論ずるのは徒に彼等に言質を与へ我立場を苦境に陥るのみで策の得たるものではない断じて排撃せねばなるまい
我軍行動の根本原因は積年支那軍閥官憲の使嗾する侮日行為からであり軍今次の発動は当然な自衛権の行使である。その善後処置は治安維持に専念し衷心東北民衆の幸福を庶幾して居る次第で正々堂々何等遠慮も心配も要らぬ所である
若し彼等が満蒙の事情を深く究明せず横槍を入れるに於ては断乎として一蹴すべきである
現時一般の情勢は軍事的に観れば決して心配は入らないと思ふ。蘇露は目下の状況では決して大きな事は出来ない。英米、亦然りである。仮令之等を対手とするも軍事的には何等恐るるに足らない。国力にしても満蒙を我手に入れてさへ居れば自ら北支を制し持久戦争の持続には何とか出来る見込がある、否、此大決意さへあれば現在の国際関係上此戦争は決して勃発するものでなく中支の排日も亦ピッタリと止むのは明瞭に窺はれる
今日消極退嬰に陥れば結局我日本は満蒙は元よりのこと長江筋からも総退却の余儀なきに至り排日排貨は今日以上となることは容易に想像せらるる所である。此際挙国一致一大決意を以て建設的方策を樹立することに精進すベきであらう
七、而して交渉は結局支那本土と分離せる新政権を擁立し之との間に解決するを最も賢明の策とすべく基礎薄弱な南京政府と懸引しても徒に歳月を要するのみで何等の期待も贏ち得まい
扨又此結末は我国現時の大局より見れば結局閣下の御尽力を煩すこととなるべく閣下も予の微衷を諒察せられ上京の上は充分政府要路と意見を交換せられ御骨折を願ひ度い次第である
尚此際特に御依頼し度いのは政権樹立の推移中より既得権益の不当に侵害せられてゐるものはどしどし恢復し或は緊急の救済策を講じて良民を救ひ又一般経済行為を活溌に行ふ事は進んで御尽力を仰ぎ度いのである