資料
万宝山事件
日本外交文書昭和期I第1部第5巻2
外務省、1931年
[167] 昭和6年4月7日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛
長春県三姓堡において朝鮮人による水田借地契約成立について
機密第一四八号
在長春 領事 田代重徳
外務大臣男爵 幣原喜重郎殿
長春県三姓堡ニ於ケル水田借地契約成立ニ関スル件
長春県三姓堡ハ長春ノ西北方四十華里農安街道ニ沿へル地点ナルカ長春朝鮮人居留民会ノ斡旋ニ依リ中国人郝永徳所有三姓堡ノ荒地五百天地ニ付客年来中国官憲又ハ地主不逞鮮人等ノ圧迫ノ為当地ニ避難シ居タル朝鮮人李昌薫、金斗千、鄭燦玉等九名(客月十七日附機密公第一二〇号拙信報告参照)ト前記地主トノ間ニ概ネ左記条件ヲ以テ十ヶ年ノ借地契約成立シタル処右契約成立ニハ長春県長ノ承認ヲ取付ケアリ将来中国官憲ノ圧迫ヲ受ケサル様手段ヲ講シ置ケル趣ナリ
右三姓堡ハ当地ヨリ一日往復ノ行程ニアリ交通上便利ナルニ付其ノ経営振リ良好ナルニ於テハ相当ノ朝鮮人部落建設セラレ小作農民ノ福音タルハ勿論当地トノ関係モ密接ヲ加へ当地朝鮮人会竝ニ金融会ノ事業上ニモ相当ノ影響ヲ及ホスモノト被存
記
一、期間十ヶ年(自民国廿年陰暦三月至民国三十年陰暦三月)
二、一天地トハ耕作面積二四四弓トス
三、借地料ハ毎年一天地ニ付籾二石トス
四、天災ニ依リ収穫不能ニ陥リタル場合ハ貸主、借主双方ノ責任トス
五、小ナル災害ヲ蒙リ半収トナリタル場合ハ租地料ハ貸主、借主双方協議ノ上決定ス
六、建物、水道、道路及一切ノ公用地ハ借地料ヲ要セス
七、借地総面積ハ五百天地ト限定シタルモ十ヶ年ヲ両期ニ区分シ五年後ニ至リ貸主ハ借地料ノ増減ニ付借主ト協議スへシ
八、水道ノ料金ハ水道使用地ノ天地数ニ応シ毎年一天地ニ付籾三石ヲ納入スルコトトス
九、地税、警団、学費及水利一切ノ官公税金ハ毎年貸主ノ負担トス
十、水田五百天地以内ニ於テ一年後借地人ハ借地ノ増加ヲ許サレ収穫ノ際経理人ハ其ノ借地面積ニ応シ料金ヲ徴収ス(以下略ス)
右何等御参考迄此段報告ス
追テ客月十七日附機密公第一二〇号拙信報告ノ当地ニ於ケル失業者八十三戸中約五十戸ハ右三姓堡農場ニ移住セシムル予定ニテ其他ハ奉天及当地附近農場ニ移住セシメ悉ク生活ノ途ヲ樹テ得ル様取計フコトトシタルニ付右ニ御了知相成度此段為念申添フ
本信写送付先 代理公使 奉天 吉林 哈爾賓 間島 朝鮮総督 関東長官
[168] 昭和6年5月8日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛
吉林省政府が朝鮮人の新規居住禁止密令を長春市政籌備処長に通達について
機密第一九三号
昭和六年五月八日
在長春 領事 田代重徳
外務大臣男欝 幣原喜重郎殿
吉林省政府ノ朝鮮人圧迫密令ニ関スル件
本件ニ関シ当館ノ探知セル所ニ拠レハ長春市政籌備処長ハ五月六日吉林省政府ヨリ
「朝鮮人ハ各地ニ於テ紛擾ヲ誘発シ易キ傾向アルヲ以テ従来ヨリ居住スル者モ適宜ノ手段ヲ講シテ退境セシムルト共ニ新移住者ニ対シテハ絶対ニ居住ヲ許スへカラス」トノ密電ニ接シタル処周籌備処長ハ農安県下ニ少数ノ鮮農居住シ居ル関係上直チニ同県長ニ対シ右密令ノ趣旨ヲ移牒シタル趣ナリ
客月七日附機密公第一四八号拙信ヲ以テ報告ノ次第アリタル通リ長春県三姓堡ニ移住シタル鮮農ハ目下四十三戸二百十名ノ多数ニ達シタル処最近所属万宝山公安分局ヨリ圧迫ヲ受ケ始メタリトノ訴へアリ目下対策ニ付折角考慮中ナル折柄前記密電ノ次第アリ右ノ結果各地ニ鮮農圧迫問題抬頭シ紛事ヲ惹起スルニアラスヤト懸念セラル
右何等御参考一応報告ス
本信写送付先
臨時代理公使 北平 奉天 吉林 哈爾賓 間島
農安
朝鮮総督 関東長官
[169] 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
中国巡警三姓堡において水路工事中の朝鮮人を拘禁・殴打について
長春 5月28日後発
本省 5月29日前着
第二四号(暗)
中国官憲ノ三姓堡農場圧迫問題ニ関シテハ機密第一九三号拙信後段ノ通ナル処二十五日地方公安局巡警ハ水路開鑿中ノ鮮人監督ヲ拘禁シ拉ニ鮮農二名ヲ殴打重傷ヲ与へタリトノ急報ニ接シタルヲ以テ本官ハ直ニ市政籌備処ニ拘禁者ノ釈放竝ニ暴行官憲ノ制止方ヲ交渉スルト共ニ翌二十六日土屋書記生竝警察官四名ヲ現場ニ急派シ実情ヲ調査セシメタル処土屋帰来後ノ報告ニ依レハ該農場ハ水路一邦里半ニ亘リ今後一週間ニテ完成ノ見込ニテ既ニ投資シタル金額三千円ニ上リ居ル処中国官憲ハ地主一名家主三名ヲ拘禁シ其家族ヲシテ間接ニ鮮人ヲ退去セシメントスル策ナルカ如キモ所轄公安局長ハ鮮人圧迫ノ意ナク地主等ヲ拘禁シタルハ官憲ニ対スル手続ニ手違アルカ為ナリト言明シ居リ又一部部落民ノ反対運動アルモコハ自己ノ耕作地ニ浸水スルヲ恐レテノコトナリ前述ノ通鮮農等ハ既ニ多額ノ資金ヲ投シ水路モ近ク完成ノ見込ナルヲ以テ本官ハ極力本件農場経営ノ目的ヲ達成セシムル方針ニテ中国側トノ折衝ニ機宜ノ措置ヲ講スル所存ナリ
尚冒頭記載巡警ノ暴行ハ当該地方公安局員ナラサリシ為真意奈辺ニ在リシヤ判明セサルモ拘禁サレタル鮮人監督ハ其夜ノ中ニ釈放セラレ殴打サレタル鮮人ハ一名ニシテ銃床ヲ以テ胸部ヲ強打セラレタルモ生命ニ別状ナキ模様ナリ
代理公使、奉天、関東長官へ転電シ北平、吉林、哈爾賓、間島、農安、朝鮮総督へ暗送セリ
[170]昭和6年6月3日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
本件紛擾の背景ならぴ中国側官憲による朝鮮人農民十名の長春連行について
長春 6月3日後発
本省 6月3日後着
第二五号(暗)
往電第二四号ニ関シ
其後モ引続キ交渉中ナル処本件ノ最モ難関トスル点ハ鮮人対地主間ノ契約ニ缺陷アリ水路用地中ニハ契約未了ノ地域スラアリシ為地主側ノ反感ヲ買ヒ加フルニ附近部落民モ浸水ヲ懸念シ居ル関係上之ニ雷同シ紛擾漸次拡大シツツアルコトナリ然ルニ鮮農ハ依然水路工事ヲ継続シ居ルニ付地方農民等ハ地方官憲ノ保護手緩シトナシ省政府ニ向テ歎願シタルヲ以テ同政府ハ長春県長ニ之カ保護方ヲ電命シタルニ付県長トシテモ其儘放置スル事能ハズ丗日突然約二百ノ巡警及馬隊ヲ派遣シ鮮人ニ対シ工事中止ヲ勧告セシメタルモ聴入レサリシニ付一日首領株十名ヲ強制的ニ長春ニ連戻リタルカ二日県長ハ本官ヲ訪問シ地方農民ノ感情鎮圧ノ手段トシテ又省政府ニ対スル面目上己ムヲ得ス強制手段ヲ執ルニ至リタル自己ノ立場ヲ辨明シ押送者ハ籌備処ヲ経テ当館ニ引渡スへキ旨ヲ述へ引取リタル処現場ニハ未タニ相当数ノ巡警留マリ居ル趣ナル上播種期ヲ失スル虞モアルヲ以テ同日警部一名巡査五名ヲ現場ニ派遣シ鮮農保護、中国出先官憲トノ聯絡竝ニ当面ノ問題タル地方民対鮮人間ノ調停ニ当ラシムルコトニ取計タリ
右警察官ノ派遣ニ付テハ県長ヲシテ所轄公安局ニ対シ誤解ナキ様通達方取計ハシメ置キタリ
代理公使、奉天、関東長官、吉林ニ転電シ北平、哈爾賓、間島、農安、朝鮮総督へ暗送セリ
[172] 昭和6年6月4日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
中国側の強硬態度に対抗のため警察官増援につき請訓
長春 6月4日前発
本省 6月4日後着
第二六号(暗、至急)
往電第二五号ニ関シ
三姓堡農場ニ対スル中国官憲ノ圧迫ハ益々露骨化シタルニ付本官ハ出来得ル限リ円満ナル解決ヲ講スへク其後引続キ長春県長並市政籌備処長ニ面会シ鮮農並ニ地主農民間双方ノ利益トナルへキ緩和条件等ヲ提議シ事理ヲ盡シテ百方懇談ヲ進メタルモ県長並市政籌備処長共ニ協調的態度ナク公然強制手段ニ訴へテモ鮮農ヲ退去セシムへシト主張シ当地ニ於ケル差当リノ平和的解決ハ到底見込ナキコトトナリタリ又本官発吉林総領事宛第六号ヲ以テ依頼シ置キタル省政府ヨリ長春県長ニ対スル命令モ急速ニ当方ノ満足スルカ如キ好結果?ヲ得ルコトハ困難ナルヘキコト想像ニ難カラサル処当地中国官憲ノ方針既ニ前述ノ通明白ナル上ハ一昨二日派遣シタル警察官六名ノ出張ノ目的不成功ニ終ルへキハ当然ナルノミナラス本日中国側ヨリ派遣シタル出動部隊百三十名(其他現場ニ約五十名アリトノ情報アリ)トモ自然対峙ノ状態ニ陥リ此儘ニ放任シ置クトキハ我警察官ノ威信ニモ関スル事故ノ発生ナキヲ保シ難キニ付テハ此際鮮農現地保護ノ方針ヲ抛棄シ直ニ派遣員ヲ撤退シ其結果立退ヲ除儀ナクセラレタル鮮農ニ対スル善後策ヲ別ニ講スルコトトスルカ或ハ之迄ノ行懸上中国側ノ反省ヲ喚起セシムル手段トシテ水路工事ノ完成迄此上警察官ヲ増援シ先方ノ実力阻止ニ対抗シ我方ノ威力ヲ示スコトトスルカノ外手段ナシト思考セラル右ハ固ヨリ本官ノ本意ニハアラサルモ中国側ノ態度ニ照シ巳ムヲ得サル次第ナリ事態モ急迫シタル折柄関東庁トモ御打合セノ上至急何分ノ儀御電訓ヲ請フ
支、奉天、吉林、関東長官、朝鮮総督へ転電シ北平、哈爾賓、間島、農安へ暗送セリ
[174] 昭和6年6月4日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
警察官五名を水路工事現場へ増派について
長春 6月4日後発
本省 6月4日後着
第二七号(暗)
往電第二六号ニ関シ
現場ニ於ケル我警察官ノ消息気遣ハルルニ付聯絡ノ意味ヲ以テ四日更ニ五名ノ警察官ニ聯隊ヨリ借入レタル伝書鳩六羽ヲ携行セシメ急派セリ
代理公使、奉天、吉林、関東長官、朝鮮総督へ転電シ北平、哈爾賓、間島、農安へ暗送セリ
[178] 昭和6年6月5日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
伊通河堰止め工事の一時的中止方現地警察官に命令について
長春 6月5日後発
本省 6月5日後着
第二九号(暗)
往電第二八号ニ関シ
現地ニ派遣セラレタル武装部隊(但シ馬隊五十ノミ)当地ニ引揚ケタル旨今朝情報ニ接シタルヲ以テ現地ニ於ケル中日両官憲衝突ノ危機ハ稍緩和シ得タルモ昨夜現地派遣ノ警察官ヨリノ報告ニ依レハ水路工事ハ極力鮮人ヲ督励シテ七日迄ニハ完了スへキ見込ナルモ伊通河堰止メ工事(水路へ導クへキ水ヲ引ク為)ニ付テハ上流両岸農民ニ於テ増水季ニ於ケル自己所有地ヘノ浸水ヲ恐レテ強硬ニ反対シ死力ヲ盡シテモ右工事ヲ阻止スへシトテ形勢極メテ険悪ナルニ付右工事ニ着手スル時ハ反対部落民(相当数ノ銃器ヲ有スル由)暴動化シテ鮮人トノ衝突免レサルヘク少数ノ警察官ヲ以テシテハ到底鎮撫シ難キ形勢ニアルニ付至急何分ノ指示ヲ仰キ来リタルヲ以テ当方ニ於テ極力交渉妥結ノ途ヲ講シツツアル旨伝フルト共ニ今後ノ現地ニ於ケル形勢ノ推移ニ依リ此ノ儘堰止メ工事ヲ完了シ得レハ兎ニ角然ラサルニ於テハ少数ノ警察官ヲ以テシテハ徒ラニ犠牲者ヲ出スニ過キサルヲ以テ巳ムヲ得ス一時工事ヲ中止セシメ当方ノ指示ヲ侯ツへキ旨不取敢命シ置キタリ
支、奉天、吉林、関東長官、朝鮮総督ヘ転電シ北平、哈爾賓、農安へ暗送セリ
[179] 昭和6年6月6日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
万宝山問題は日本人東北進出の試金石であり工事を一気に成就し粘り強く交渉すぺき旨意見具申
長春 6月6日後発
本省 6月6日後着
第三〇号(暗)
本六日籌備処外交課長土屋ヲ来訪シ張主席竝ニ省政府ヨリ夫々円満交渉解決方ノ指令アリタル処鮮人現地居据リハ省政府ノ方針モアリ到底承認シ難キモ問題ノ起リハ鮮人ト地主トノ間ニ斡旋シタル者ノ詐欺的行為ニ端ヲ発シ鮮人ハ善意ニ事業ニ着手シタルモノナル事明カトナリタルヲ以テ鮮人ニシテ退去スルニ於テハ本事業ニ要シタル費用ニ付テハ補償ノ方法ヲ講スへキ籌備処ノ意向ナル旨ヲ述へタル趣ナル処最近中国側ノ鮮人圧迫ハ漸次熾烈ヲ極メ三姓堡農場問題ノ成行如何ニ依リテハ将来益々尖鋭化スルノ虞アリ旁本件ハ一種ノ試金石トシテ満洲ニ於ケル輿論モ意外ニ硬化シ居リ他方問題ノ発生地ハ当地ヲ去ル僅ニ四邦里内外ノ地点ニシテ日本官憲ノ力ノ及ヒ得ル範囲ニ於ケル邦人ノ正当ナル事業ニ対シテハ飽迄保護スへキ方針ニテ進ムニ非サレハ邦人ノ満洲発展ノ退嬰的傾向ヲ益々助長セシムルノミナリト思考セラルルニ付
未タ往電第二六号ニ対シ御回訓ニハ接セサルモ現場ニ於ケル当面ノ措置トシテハ中国側ニシテ飽迄鮮人退去ヲ求ムルニ於テハ本年度種蒔時期ヲ失スルノ虞モアリ勢ヒ工事ヲ一気呵成ニ成就シテ既成事実ヲ作リ粘リ強ク交渉ヲ進ムルノ外ナシト存セラル従テ現地派遣ノ警察官モ其目的往電第二五号末段ノ通リニシテ毫モ中国側武装部隊ニ対抗スルノ意味ニ非ス全ク平和的使命ヲ帯ヒ現ニ護身用ノ拳銃ハ所持シ居ルモ特ニ私服ニテ且護照ヲ携帯セシメ居レル次第ニシテ此上ハ当方ノ希望スルカ如キ鮮人居据リヲ前提トスル円満交渉ノ曙光見へサルニ於テハ官憲ノ間接圧迫乃至反対部落民ノ工事妨害ヲ考慮シ今直ニ現地ヨリ引揚ケシムル事不可能ナリト存セラル尚当地官憲ニ対スル折衝ハ引続キ行フへキモ鮮人退去ニ関スル中国側今般ノ方針ニ付テハ省政府ニ対シ厳重交渉スルノ外ナシト思考セラル
公使、奉天、吉林、哈爾賓、関東長官、朝鮮総督へ転電シ、北平、問島、農安へ暗送セリ
[180] 昭和6年6月8日 在奉天林総領事より幣原外務大臣宛(電報)
張作相が孫副官を派し日本側警察隊の残部引揚げ方要求について
奉天 6月8日後発
本省 6月8日後着
第三五一号(暗)
三姓堡農場事件ニ関シテハ長春領事ト充分聯絡ヲ計リ居ルモ詳細ノ事情判明セサル点モアル為本八日柳井ヲ長春ニ派シタルニ付御追認相成度尚今朝張作相ハ孫副官ヲ当館ニ派シ今朝迄ニ到達セル報告ニ基ク次第ナリトテ中国側警察隊ハ既ニ現場ヲ引揚ケタルニ拘ラス日本側警官尚残リ居ルニ付至急引揚ケラレタキ旨要求スルト共ニ本件農場経営ハ中国官憲ノ充分ナル許可ナクシテ始メタルモノニシテ其非鮮農側ニアル旨抗議シ来リタルニ依リ本官ハ当館ノ得タル情報ニ依レハ中国側警察隊ハ大部分引揚ケタルモ尚一部残リ居ルニ付我方警官ノ引揚ケヲ見サルモノナリ且我方警官ハ数名ニ過キスシテ何等中国側ト対抗的意味ヲ有スルモノニ非ス此際唯引揚クレハ中国警官カ即時鮮農ヲ退去セシムル虞アル為監視シ居ルニ過キサレハ作相ニ於テ鮮農ヲ退去セシメサル旨保証ヲ与フルニ於テハ即時引揚クルモ可ナリ又農場経営ノ件ニ付テハ今朝柳井領事ヲ長春ニ派シタルニ付其報告ヲ待チ何分ノ回答ニ及フへキモ中国側ニ於テハ地方民ノ反対云々ヲ力説シ居ラルルカ本件紛擾ハ吉林省政府ノ命令ニ基クモノニシテ官憲側ニ於テ地方民反対阻止ノ途ニ出テラルルニ於テハ別段大ナル問題トナルコトナカルへク鮮農ト地主トノ間ニ取極成立スルニ於テハ別段官憲ノ許可等ヲ必要トスル筋合ニ非サルへシ何レノ途鮮農ヲ同地方ヨリ退去セシムルカ如キハ本官ノ絶対ニ承認シ得サル所ナル旨回答シ置キタリ
支、北干、長春、吉林へ転電シ朝鮮総督、関東庁長官へ暗送セリ
[185] 昭和6年6月12日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
籌備処長の水路工事反対理由陳述に対し遺憾の意表明について
長春 6月12日後発
本省 6月13日前着
第三四号(暗、至急)
往電第三一号ニ関シ
共同調査斑ハ九、十両日ニ亘リ部落民ノ反対理由ヲ取調へ現地調査ノ上帰来シタルニ付十一日夜本官籌備処長ヲ往訪シ先方調査ノ結果ニ付尋ネタル処地主及農民ノ反対主要理由ハ(一)水路敷地ノ所有権ヲ恣ニ侵害シタルコト(二)水路ニ依リ各個農田中断セラレ耕作ニ多大ノ妨害ヲ与フルコト(三)堰止工事農場下流ノ耕作地数千天地盡ク水害ヲ蒙ルノミナラス河川ノ航行ニ妨害ヲ与フルコト等ニシテ即チ多数地主農民ノ合法固有ノ権利ヲ侵害スルノミナラス河川ノ交通ヲ妨害スルヲ以テ到底容認シ難キ次第ナル旨ヲ述へタルニ付本官ハ当方調査ノ結果ニ依レハ(一)水路敷地ニ付テハ鮮人ハ完全ニ地主ノ諒解ヲ取付ケアルモノト信シ善意ニ工事ニ着手シ故意ニ所有権ヲ侵害シタルモノニアラサル上既ニ大部分ノ工事ヲ完了セムトシタル際ニ遽カニ所有権侵害云々ノ理由ノ下ニ事業ノ根本ヲ破壊セラルルコトハ到底承認シ難キ所ニシテ寧ロ貴方ニ於テ反対地主ヲ説得シテ鮮人側ト円満話合ヲ遂ケシムル様好意的ニ努力シテコソ本件円満妥結ノ途ナリト信ス(二)農田中断セラルルト云フモ水路ニハ必要ニ応シ橋梁ヲ架シ且充分ナル地代ヲ払フコトトナシ居レルニ付多少ノ不便ハ致方ナシ(三)堰止工事ニ依リテ生スル虞アル浸水ニ付テハ吉林宛電報第七号(三)ノ点ヲ敷衍説明シ又川船ノ航行ハ極メテ稀ナル上鮮人ニ於テ航行ニ支障ナキ様適当ノ手段ヲ講スルノ用意アリ現ニ牡丹江ニ同様ノ実例アル趣ナル次第ヲ縷々説明シ
要スルニ貴方調査ノ結果ハ殆ト部落民ノ誇大ナル反対理由ヲ其儘鵜呑ニシタルニ過キスシテ其間何等公平ナル意見ヲ見出シ得サル旨ヲ述へタル処籌備処長ハ部落民ノ反対理由殊ニ所有権ノ不法侵害ハ黙過シ難キ処ナルモ鮮人カ善意ニ事業ニ着手シタル点ヲ考慮シ水田事業ヲ断念スルニ於テハ適当ナル補償ノ方法ヲ講スへク尚鮮人ヲ現地ニ停ムルトシテ水稲ノ代リニ陸稲ヲ耕作セシムルカ如キ方法ナキモノニヤト尋ネタルニ付陸稲耕作ノ方法ハ一案ナルモ現地ハ湿地ナル上鮮人ハ陸稲耕作ノ経験モナク且耕作用具ノ点等ヨリ考慮シテ不可能ニシテ右案ハ結局鮮人追出シノ結果ニ了ルニ過キサルへキ旨ヲ述へ種々意見ノ交換ヲ為シ十二日午前二時半ニ及ヒタルモ妥結ノ途開カレサルヲ以テ本官ハ日本側カ当初ヨリ円満解決ノ為有ユル手段ヲ盡シ其上時日切迫セル際ナルニモ拘ラス特ニ調査班ニ関スル貴方ノ提議ヲ受容レタルハ全ク右ノ趣旨ニ外ナラサルニ結局徒ニ時日ヲ遷延シタルニ過キサル結果トナリタルハ返ス返スモ遣憾ニ堪へス此上ハ当方ノ信スル処ニ依リ進ムノ外ナキ旨ヲ述ヘ悲愴ナル空気ノ裡ニ引揚ケタリ
右ノ如キ次第ナル処現地ニ於テ一日千秋ノ思ニテ工事再開ノ指令ヲ待チ居ル鮮人ハ時日ノ切迫ニ連レ何時工事ニ取係ルヤモ計ラレサルヲ以テ反対部落民トノ衝突ヲ顧慮シ鮮人ノ軽挙妄動ヲ警ムル為今朝私服警察官四名ヲ現地ニ急派セルカ尚中国側ニ対シテハ為念最後ニ今一押交渉スル所存ナリ
代理公使、奉天、吉林、関東長官、朝鮮総督へ転電シ哈爾賓、北干、間島、農安へ暗送セリ
[192] 昭和6年6月26日 在奉天森島総領事代理より幣原外務大臣宛(電報)
張作相より峯旗に対し日本側が工事強行すれば事態重大化すると警告について
奉天 6月26日後発
本省 6月26日後着
第三九二号(暗)
万宝山事件ニ関シ峯旗吉林ヨリ来奉シ廿六日約二時間ニ亘リ張作相ニ面会シタル処作相ハ純然タル個人ノ資格ヲ以テ腹蔵ナク談話スト前提シ万宝山水田ハ中国官憲ノ許可ヲ経サルノミナラス数里ニ亘ル水溝工事ニ関シテモ予メ十分地主ノ諒解ヲ取付ケサリシ為問題ヲ起シタル次第ニシテ自分ハ毫モ鮮人ヲ排斥スル意味合ヲ以テ之ニ臨マントスル考ナク現ニ自分カ経営スル水田ニモ鮮人廿五戸ヲ使用セル事情モアリ善良ナル鮮人カ穏当ニ吉林省内ニ於テ正業ニ従事スルヲ妨害スル意志ヲ有セス但シ今回ノ事件ハ根本手続ニ於テ缺陷アリ従テ人民ノ反対モアルコトナレハ此ノ上日本側カ無理押ニ工事ヲ進捗セシメラルルニ於テハ支那側ハ已ムヲ得ス武力ヲ以テ之ヲ妨害シ事ヲ構へントスル意志ナキモ党部ノ活動等ニ依リ相当重大化スへク斯ノ如キハ将来在満鮮人発展ノ為ニ日本側ノ不利益ト思考ス自分ハ決シテ排日家ニ非ス殊ニ東三省ハ経済的関係ヨリ観テ排日ヲ行フトキハ自滅ヲ招ク結果ヲ来スへキニ依リ飽迄親善関係ヲ持続スル必要アル処満洲ト日本トノ親交上根本的ニ紛擾ノ種トナルへキモノハ日人ノ不正薬品密輸販売竝鮮人問題ニシテ右ニ関シテハ特ニ日本政府ノ慎重ナル善処ヲ希望セサルヲ得ス
右ノ事情ニ依リ万宝山事件ハ此ノ上トモ条理ニ基キ無理ヲ排シテ平和的ニ事件ヲ解決スルコトカ両国双方ノ利益ニシテ関係者ニ於テ十分地主ノ諒解ヲ得且正当ノ手続ヲ履ムニ於テハ官憲ニ於テモ強ヒテ之ヲ妨害スルモノニ非スト述へ一言ニテ之ヲ盡セハ作相ノ口吻ハ日本側カ強ヒテ工事ヲ続行スルニ於テハ支那側ニ於テハ已ムヲ得ス実力的阻止ニ出テサルモ之ニ対シ極メテ不愉快ナル感情ヲ抱クト共ニ右ニ依ル輿論ノ反対ニ対シテハ責任ヲ負ヒ難シトノ意味ニ察セラルルヲ以テ峯旗ハ兎ニ角本件ハ鮮人数百名ノ生活ニ直接関係ヲ有スル人権問題ニモアリ多少手続上不備ノ点アルモ其根本ニ於テ充分ノ諒解ヲ得タシト述ヘ置キタル趣ナリ
右林総領事ニ御伝ヘヲ請フ
代理公使、北平、南京、吉林、長春、関東長官、朝鮮総督ヘ転電セリ
[193] 昭和6年6月26日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
堰止工事二十六日再開したが妨害なく翌日には完了の予定について
長春 6月26日後発
本省 6月26日後着
第四三号(暗)
往電第四二号ニ関シ
堰止工事ハ本二十六日午前二時ヨリ着手官憲地方民ノ妨害モ無ク平穏裡ニ正午既ニ工事半ハニ達シ明一日ニテ完了ノ見込
尚二十四日午後八時頃地方民約四十名ハ公安分局巡警十四名保護ノ下ニ堰止箇所ニ近キ水路約三十間ヲ埋没シタルカ其際鮮人二名ハ巡警ノ為縛セラレ所持品全部ヲ強奪セラレタリ右埋没箇所ハ二十五日鮮人ニ於テ直ニ復旧シタルカ堰止工事着手前後ハ此種妨害少カラサルへキヲ予想シ現在ノ少数警察官ニテハ不充分ナリト認メ不取敢今朝五名ヲ増派セリ
支、奉天、吉林、関東長官、朝鮮総督ニ転電セリ
[194] 昭和6年6月30日 在吉林石射総領事より幣原外務大臣宛(電報)
中国側は現場における衝突を避ける方針との施履本の談話につき長春領事宛通報
吉林 6月30日後発
本省 6月30日後着
第四一号(暗)
本官発長春宛電報
第一二号
廿九日施履本ト会見シタル節施ハ万宝山問題ニ関シ奉天出張ノ模様ヲ語リ要スルニ作相トシテモ手続上ノ缺陷ト地方民ノ反対トヲ無視シテ朝鮮人ノ居坐リヲ許可セヨトノ命令ヲ地方官ニ対シテ下スヲ得ス唯合理的合法的且地方的ニ問題ヲ解決セヨトノコトニテ施ハ奉天ヨリノ帰途命ニ依リ其旨周籌備処長ニ伝へタルカ斯カル漠然タル命令ニテハ周処長トシテハ頑張ルヨリ外方法ナカルへク一方日本側ニテモ退ケヌトノコトニテアレハ交渉ハ交捗トシテ継続シツツモ結局自然解決ニ委スルヨリ外ナシ支那側ハ作相ヨリ言明モアリ現場ニ於テ衝突ヲ起ス如キコトハ絶対ニ避クル方針ナリト言へリ当面的ニハ支那側ハ泣寝入リトシ問題ヲ後日ニ争フコトニ腹ヲ決メタルモノト思ハル
大臣、奉天、支、関東長官、朝鮮総督、哈爾賓、北平へ転電シ間島農安へ暗送セリ
[195] 昭和6年7月1日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
中国側農民の水路破壊開始により朝鮮人農民に同工事を中止させ目下対策考究中にっいて
長春 7月1日後発
本省 7月1日後着
第四七号(暗、至急)
往電第四六号ニ関シ
一日朝五時頃ヨリ堰止工事続行中六時半頃ヨリ附近ニ農民漸次集合シ水路竝堰止工事ノ破壊ヲ為スト称シ八時半頃ニハ約四百名ノ集団ヲ為シ何レモ「シャベル」等ノ道具ヲ携帯シ形勢不穏トナリタル為我警察官ニ於テ代表ト認ムヘキモノト種々交渉シタルモ農民ハ頑トシテ肯セス九時二〇分水路破壊ニ着手シタルニ依リ巳ムヲ得ス鮮農ニ対シテハ堰止工事ヲ中止セシメ絶対無抵抗ノ態度ヲ執ラシメタリトノ急報ニ接シ目下対策考究中ナルモ右不取敢
支、奉天、吉林、関東長官、朝鮮総督へ転電シ北平、哈爾賓、間島農安へ暗送セリ
[197] 昭和6年7月2日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
中国農民の水路破壊に対し警官十名増派にっいて
長春 7月2日前発
本省 7月2日後着
第四九号(暗)
往電第四八号ニ関シ
其後頻々トシテ来レル現地報告ニ依レハ暴民ハ昼食ノ為約一時間半休憩シタル外水路ノ破壊埋立ヲ続行シ午後二時頃ヨリ約十数名ノ者裸体トナリテ河中ニ入リ堰止ノ破壊ニ着手柳条並ニ土嚢ヲ流下スル等暴状其極ニ達シ鮮農ハ過去数ヶ月ニ亘ル粒々辛苦ノ耕作物カ眼涙ニ破壊セラレ行クヲ視テ悲憤ノ涙ニ暮レ我警官モ此際ノ事ニモアリ唯隠忍自重シテ傍観スルニ止ル有様ナリシカ午後四時過中川一行現地到着極力阻止ニ努メタル結果午後六時頃暴民全部引揚ケタル趣ナリ
暴民ハ水路入口ヨリ約一百米ヲ完全ニ埋没シ堰止工事ノ柳条百足土嚢四〇ヲ流下セシメタルカ更ニ明日(本二日)ハ千余名ヲ以テ水路全部ヲ埋没スへシト揚言シ居レリトノコトニテ中川警部ヨリ此上ノ暴行ヲ阻止スルカ為ニハ警官一〇名ノ増援並銃器ノ携行ヲ必要トスへキ旨ノ切ナル希望ニ接シタルニ付我警察官ノ威信ニ関スルコトニモアリ巳ムヲ得サル次第ナルニ付本日未明更ニ一〇名ノ警官ヲ急派セリ尚中国側ニテハ一日午前十時頃所轄公安分局長外巡警七名現場ニ来リ暴民ノ制止ニ当リタルモ暴民ノ為殴打セラレ目的ヲ達セスシテ其儘引揚ケタル趣ナリ
代理公使、奉天、吉林、関東長官、朝鮮総督へ転電シ北平、哈爾賓、間島、農安ヘ暗送セリ
[198] 昭和6年7月2日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
中国農民五百名現場に押寄せ双方衝突し警官急派要請に接している旨報告
長春 7月2日前発
本省 7月2日後着
第五〇号(暗、大至急)
本二日午前八時二十分頃暴民五百名現場ニ押寄セ来リ極力暴行ヲ制止セントシタルモ承知セス遂ニ双方ノ間ニ衝突ヲ来シ目下交戦中唯今迄ノ処我方死傷者ナキモ至急増援ヲ求ムル旨ノ急報ニ接シタリ
(午前十時)
転電前電ノ通リ
[199] 昭和6年7月2日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
現場の状況不明につき警察官増派のうえ中国官憲に善処申入れについて
長春 7月2日後発
本省 7月2日後着
第五一号(暗)
往電第五〇号ニ関シ
現場ヨリノ其後ノ報告杜絶へ状況不明ニシテ消息気遣ハルルニ付連絡ノ為騎馬巡査三名ヲ急行セシムルト共ニ更ニ応援警官一〇名ヲ増派セリ(二日正午)尚中国官憲ニ対シテモ窮迫セル事態ヲ告ケ善処ヲ望ミタルモ日本警官ノ撤退ヲ見ルニ非サレハ暴民鎮圧ノ見込無シトテ依然埒明カス一方吉林総領事ニ対シ省政府ニ至急交捗方依頼シ置ケリ
転電暗送先前電ノ通リ
[200] 昭和6年7月2日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
工事破壊の中国農民と我が方警官衝突し双方発砲せしも被害無き状況について
長春 7月2日後発
本省 7月2日後着
第五二号(暗)
往電第五一号ニ関シ
只今接到シタル午前一〇時四〇分発現地報告ニ依レハ今朝八時近ク暴民約五百名長銃約二〇拳銃約一〇ヲ携行シ来リ工事ヲ破壊シタルニ依リ我警察官之ヲ阻止セントシタルニ暴民中ニ発砲シタル者アリ続テ堰止北方約一三〇米ノ地点ヨリ長銃ノ発砲アリタルニ依リ直ニ水路ニ散開シテ之ニ応射シ銃火ヲ交へタルカ十時暴民ハ漸ク攻勢ヲ弛ムルニ至リタリトノコトナリ尚警官一行ニ死傷ナク暴民ニモ被害ナキモノノ如シ
転電暗送先前電ノ通リ
[203] 昭和6年7月3日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
万宝山派遣の日本側警官四十六名に達し石射総領事と撤退措置等打ち合せの所存について
長春 7月3日後発
本省 7月3日後着
第五四号(暗)
往電第五三号ニ関シ
二日午後六時半頃ヨリ暴民ハ各部落ニ退散シ同夜ハ我カ警官徹宵警戒裡ニ無事経過シ唯今(正午)迄ノ処暴民再出動ノ報ニ接セス尚今朝万一ヲ慮リ更ニ十名ノ警官ヲ増派シタルニ付総計四十六名トナリタルカ斯カル多数警官ヲ派遣スルニ至リタルハ当面緊急ノ措置トシテ已ムヲ得サル次第ナルモ諸般ノ関係上殊ニ此ノ上ノ不詳事件ノ発生ヲ防止スル為ニハ最近ノ好機会ヲ促へテ一斉ニ撤退スルノ要アリト思考セラルル処中国側官憲ヨリモ頻リニ我方ノ警官撤退方要求アリ之ヲ切掛ケニ何等カノ条件ノ下ニ撤退ノ好時機ヲ見出シ以テ本件ニ関スル一応ノ解決ヲ為サムト折角考慮中ニシテ大体ノ腹案モ得居ル処偶々本日午後石射総領事来長セラルルニ付同官トモ慎重打合セノ上適当ノ措置ヲ講シタキ所存ナリ
転電先、暗送先前電ノ通
[204] 昭和6年7月4日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
日本警察官撤退問題に関する籌備処外交科長との交渉状況について
長春 7月4日後発
本省 7月5日前着
第五六号(暗)
貴電第二八号後段ノ御趣旨モアリ本官ハ此上共成ルへク事件ノ拡大ヲ防キ平和的手段ヲ以テ善処セントスル所存ナル処二日衝突事件勃発シタル際モ急報ニ接スルヤ本官ハ直ニ土屋ヲ籌備処ニ派シ外交科長ニ対シ(処長ハ依然病臥中ナリト称ス)現場ニ於テハ目下交戦中トノ急報アリ詳細ナル事情未タ判明セサルモ既ニ双方撃合ヒ居ルモノトスレハ此儘ニ放任シ置ク時ハ事態ハ盆々悪化スルノミニシテ将来ノ解決ヲシテ一層困難ナラシムへキ虞アルニ付此際協力シテ事態ノ拡大ヲ防止スルト共ニ急速ニ平和手段ヲ講スル必要アリ差当リ双方協同ニテ現場ニ急行シ真相ヲ調査スルト共ニ貴方ニ於テ地方民側ノ暴動ヲ制止スルニ於テハ当方ニ於テモ警察官ノ武力行動ヲ中止セシムへキニ付至急取計アリタキ旨述ヘタルニ科長ハ処長ノ意向ナリトテ農民ノ行動ハ自己ノ所有地ヲ保護スル為ニシテ官憲トシテハ策ノ施スへキ途ナク成行ニ任スノ外ナシ寧ロ日本警察官カ現場ニ居ルカ為農民ノ反感高マルモノニテ警察官カ撤退スレハ自然問題ハ消滅スへキニ付至急撤退セシメラレタシト逆襲シタルヲ以テ往電第四九号末段公安分局長殴打事件ヲ告ケ農民等ハ既ニ貴国官憲ニ対シテスラ斯ル態度ヲ示ス以上鮮人ノ身辺ハ極度ニ危険ナルノミナラス我方警察官ニ対シテモ多衆ヲ恃ミ如何ナル暴行ヲ為スヤモ計リ難キニ付
目下ノ形勢ニテハ警察官ノ撤退ハ絶対ニ不可能ナルノミナラス更ニ多数警察官軍隊ノ救援隊ヲ出動セシムルヤモ知レスト応酬シタルニ科長ハ日本側カ警察官ヲ撤退セサル限リ円満解決ノ方法ナク農民カ堰止工事ヲ阻止シ水路ヲ埋没スルハ正当ノ処置ナリ事態悪化スルモ日本側ノ責任ナリトテ従来ヨリノ主張ヲ頑強ニ固執シ毫モ急迫セル事態ヲ平和ニ導カントスル誠意ナキニ付然ラハ日本側カ必要ナル自衛手段ヲ講スルモ已ムヲ得サルニ付御承知アリタシト述へ辞去シタル次第ナルカ其ノ後当方カ武装救援隊ヲ派遣シタルヲ聞込ミタルモノカ同日午後四時頃外交科長ハ籌備処長ノ意ヲ受ケ土屋ヲ来訪シ警察官ヲ増援スルハ農民ヲシテ益々憤激セシメ事態ヲ悪化セシムルノ虞アルニ付速ニ撤退シ且鮮農ノ耕作ヲ停止セシメラレタシト通告的ニ述ベ他用アリトテ急キ引取リタリ
尚籌備処長ハ同日四時半長春発張作相亡母三週忌ノ為錦州ニ赴キ今日迄不在ナルカ斯ノ如ク日中間ニ急迫セル衝突事件勃発シタル際ナルニモ拘ラス前述ノ如キ応酬振ナル上事態逆暗シ難キ当日処長自ラ任地ヲ離レ徒ニ交捗ヲ遷延セシメタル中国側ノ態度ハ甚タ誠意ナキ次第ナリ
支、春天、吉林、関東長官、朝鮮総督へ転電シ北平、哈爾賓、間島、農安へ暗送セリ
[223] 昭和6年7月10日 在吉林石射総領事より幣原外務大臣宛(電報)
施主任より万宝山問題は省政府が独自に地方的解決を進めること困難な旨の電話について
吉林 7月10日後発
本省 7月11日前着
第四九号(暗)
往電第四三号ニ関シ
十四日午后四時施履本ヨリ左ノ通電話シ越セリ
九日附錦州発張作相ヨリ省政府へ回電アリ之ニ依レハ万宝山問題ハ既ニ中央及東北政務委員会ニ報告シタルコトナルヲ以テ中央ノ訓令ナクシテハ省政府ニ於テ地方的ニ解決談ヲ進メ難シト総領事ニ返事アリタシトノコトナリ右不取敢哈爾賓、長春、農安、奉天、間島、北平、南京、支、関東長官、朝鮮総督へ転電セリ
[225] 昭和6年7月11日 在吉林石射総領事より幣原外務大臣宛(電報)
吉林省政府との万宝山問題交渉一旦打切りについて
吉林 7月11日後発
本省 7月11日後着
第五〇号(暗)
往電第四九号ニ関シ
張作相ヨリノ回答ハ北平発閣下宛第二五七号電報ト矛盾スルモ兎ニ角省政府ヨリ右発電ノ如ク通知アリタル以上本件ヲ之以上省政府ニ交捗スルモ効果無キニ付一旦打切リトセリ
哈爾賓、斉々哈爾、長春、奉天、間島、北平、南京、支、関東長官、朝鮮総督ニ転電セリ
[229] 昭和6年7月12日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
水路復旧工事完了し通水をみたる旨並ぴ万宝山朝鮮人水田組合創立について
長春 7月12日後発
本省 7月13日前着
第六六号(暗)
破壊水路ノ復旧工事ハ其後中国官民ノ妨害モナク平穏裡ニ進捗シ昨十一日ヲ以テ完了通水ヲ見ルニ至リ鮮農五十余名ハ歓喜シテ万歳ヲ連呼シ我等ハ永久ニ此地ヲ死守スヘシト絶叫スルモノアリ引続キ堰堤手直シ工事等ヲ行ヒツツアリ尚本日堰堤附近ニ於テ万宝山鮮人水田組合創立規約ノ逐条審議役員ノ選挙等ヲ行ヒタル趣ナリ
我警察官ニ於テハ上水工事完成セルヲ以テ尚一層之カ保護警戒ノ任ニ当リツツアリ
代理公使、奉天、吉林、哈爾賓、関東長官、朝鮮総督、北平、南京、間島、農安へ転電セリ
[235] 昭和6年7月16日 在中国重光臨時代理公使より幣原外務大臣宛(電報)
朝鮮人問題に関する我が方回答手交の際王外交部長が中央において交渉の意向表明について
南京 7月16日後発
本省 7月17日前着
第六四三号(暗)
一、十五日南京ニ於テ外交部長ニ朝鮮事件ニ関スル我方回答ヲ手交シタル後
貴電第二三四号ノ趣旨ヲ以テ地方当局ニ訓令方ヲ申入レタルニ外交部長ノ回答振大要左ノ通
満洲ニ於ケル朝鮮人問題ノ根本ハ朝鮮人二重国籍ト日本ノ附属地外警察権行使ニ依ル二重警察ノ問題ニアリ日本ハ朝鮮人ノ希望スル帰化ヲ認メス右鮮人ニ対シテ警察保護ヲ延長スル結果茲ニ両国警察ノ衝突スルハ当然ナリ二重国籍又ハ帰化問題ハ中央政府ノ問題ニシテ即チ朝鮮人問題ニ付テハ中央ニ於テ交渉ヲ開始シタキ所存ナリ又地方ニハ外交ノ「コンミッシヨナー」アルモ之等ノ問題ヲ処理シ得ルモノナシ
二、右ニ対シ本官ハ右議論ノ内容ヲ今日弱ムルコトハ考へモノト思ヒタルニ付成ルへク之ヲ避ケ朝鮮人ノ地方ニ於ケル待遇問題ノ如キアリ此種鮮人問題ニ付テハ事情ニ通スル地方官憲ヲシテ之ニ当ラシムルコト然ルへキ旨ヲ指摘シタルニ地方ニハ充分権限ヲ有スル適当ナル交渉員ナシ或ハ地方ノ事情通ヲ中央ニ呼寄セテ然ルへシト答ヘタリ
三、本件ハ法権問題等ニ関聯シ早晩持上ル問題ニシテ満洲ニ於ケル鮮人問題ノミヲ中央ニテ取上ケ交渉スルハ今回ノ暴動事件トモ関聯シ徒ラニ民国側ノ宣伝ニ材料ヲ与へ我方ニトリ極メテ不利益ト思考セラレタルニ付除リ深入リスルヲ避ケタリ要スルニ外交部長トシテ地方的交渉ヲ行フへキモノハ外交部ノ任命セル「コンミッシヨナー」ナルモ彼ニ充分ノ権限ヲ与フルコトヲ困難トスルモノノ如シ又仮令右「コンミッシヨナー」ニ交渉ノ権限ヲ与フルコトヲ承諾スルモ地方官憲トハ関係極メテ薄キ右外交部ノ代表トノ間ニ我方ノ希望スル交渉ヲ進捗セシメ得サルへシ満洲ノ鮮人問題ニ付テハ外交部トハ関係無ク従来ノ通変則乍ラ地方有力者トノ実際的交渉ヲ続クルノ外無カルへシ
北平、奉天、吉林、間島、哈爾賓、長春へ転電セリ
上海、南京へ転報セリ
[246] 昭和6年7月24日 在中国重光公使より幣原外務大臣宛
王外交部長よりの万宝山事件に関する抗議訳文写送付について
機密公第三一五号
(7月31日接受)
昭和六年七月二十四日
在中国 公使 重光葵
外務大臣男爵 幣原喜重郎殿
万宝山事件ニ関スル外交部長公文送付ノ件
万宝山事件ニ関シ王外交部長ヨリ本月二十二日附ニテ公文接到ノ次第ハ不取敢電報ヲ以テ報告致シ置キタル処右公文写別紙ノ通送付スルニ付御査閲相成度
本信写送付先 北平 奉天 吉林 哈爾賓 長春
(別紙)
七月二十二日附
照会(本省訳)
以書翰致啓上候陳者吉林省政府ヨリ屡次電報ヲ以テ「長農稲田公司経理郝永徳ハ本年四月中長春県第三区万宝山所在未墾地既墾地約五百晌地ヲ十年ノ期限ヲ以テ借受タルカ右契約中ニ本契約ハ県政府ノ認可ヲ得タル日ヲ以テ効力ヲ発生ス県政府ノ認可ナキトキハ無効トストノ規定アリ而モ本件契約カ未タ正式ノ認可ヲ経サルニ拘ハラス郝永徳ハ上述ノ土地ヲ朝鮮人李昇薫等九名ニ転貸耕作セシメ亦十年ヲ期限トセリ該朝鮮人李昇薫等ハ右契約カ未タ地方官庁ニ届出サルニ該朝鮮人李昇薫等ハ擅ニ鮮人百八十余人ヲ該地ニ引入レ全長約二十余里ノ水路ヲ開鑿シテ伊通河岸ニ達セシメ之ニ因リテ郝永徳及李昇薫等トノ間ニ初メヨリ何等ノ契約ナカリシ馬宝山等ノ民有田地ヲ侵占シ同時ニ又伊通河ノ水流ヲ截断シテ堰堤ヲ築造シ河水ヲ水路ニ導キテ稲苗ニ灌漑セリ馬宝山等ハ該鮮人等ノ掘鑿セル水路及堰堤カ一般ノ田地ヲ侵害スルヲ以テ当時代表等ヲ集メテ県政府及市政籌備処ニ出頭シ親シク制止方ヲ請願シタルニ依リ県政府及籌備処ハ民衆ヲ諭シテ調査ノ結果ヲ待タシムルト共ニ他面警官ヲ派シテ鮮人ノ水路掘鑿及堰堤築造工事ノ停止ヲ命セシメタル処我方警官ノ現場ニ到着スルヤ意外ニモ在長春日本領事亦既ニ警官六名ヲ現場ニ派遣シ居リテ我方ニ干渉シ鮮人等ハ之ヲ恃ミテ反抗更ニ甚シカリシカ在奉天日本総領事ヨリ吉林省主席ニ商議ヲ提起シタル結果双方警官ヲ撤退シテ再議スルコトトナリ次テ我方ハ県政府ヲシテ即時警官ヲ撤去セシメタルモ日本警官ハ二日ノ後始メテ撤去セリ仍テ市政籌備処長ハ在長春日本領事トノ間ニ鮮人先ツ工事ヲ停止シ双方立会調査ノ結果ヲ侯ツへキコトヲ約定シタルカ立会調査ノ後我方ハ掘毀セル耕地ノ回復、堰堤工事ノ中止ヲ主張セルニ日本領事ハ全然之ヲ拒絶シ更ニ多数鮮人ヲ招来シ同時ニ私服警官五六十人ヲ派遣シ機関銃ヲ携帯シテ民家ニ占拠セシメタリ本月一日民衆ハ鮮人ノ水道堰堤工事毫モ停止セラレサルヲ見テ遂ニ忍フ能ハス各自鍬鋤ヲ以テ該水路ヲ填塞シタルカ日本官憲ハ俄然民衆ニ向ッテ発砲シタルモ彼我幸ニ死傷者ナカリシ処日本側ハ却テ我官憲カ暗ニ民衆ヲ助ケタリト称シ更ニ警官二十余名ヲ増派シタリ吉林省政府ハ報告ニ接スルヤ厳重ナル電報ヲ以テ県政府及市政籌備処ニ対シ人民ノ妄動禁止方ヲ命スルト共ニ依然該処長ヲシテ理ニ基キ交渉方訓令スル所アリタルモ日本側ハ其ノ主張ヲ固執シテ毫モ解決ノ見込ナキヲ以テ日本公使ニ対シ厳重交渉アリ度」旨申越ノ次第有之候
査スルニ朝鮮農民ノ吉林省内ニ於ケル耕作ハ宣統元年日清図們江界取極ニ依レハ僅カニ図們江北地方即現在ノ延吉、汪清、和龍、琿春四県ノ特定地域ヲ以テ限ト為セル処万宝山ハ長春県ノ北ニ位シ墾地居住ノ区域ニアラサルヲ以テ今回鮮民李昇薫等カ同地ニ赴キ耕作セルハ毫モ条約上ノ根拠ナキモノナルモ遂ニ郝永徳ト借地小作契約ヲ訂立シタル次第ナルカ右契約亦未タ地方官署ニ届出サルニ卒然トシテ鮮民百八十余人ヲ引率入境シ水路ヲ開鑿シ流ヲ断ッテ堰堤ヲ築造シ為ニ附近民田ニ損害ヲ与へタルハ其ノ行動既ニ条約ニ根拠セス且明カニ秩序ヲ妨害シ公共ヲ危険ニ致シ其ノ他毀棄損壊等刑事犯罪ノ嫌疑アリ被害人民等ニ於テ之ト論辯スルモ措テ顧ミサルヲ以テ巳ムヲ得ス官庁ニ之カ制止方ヲ請願シタル次第ナル処地方官庁カ公安維持ノ責任上現場ニ於テ制止ヲ加へタルハ職務ヲ執行スルカ為当然ノ措置ナルニ貴国長春領事ハ専ラ鮮農取締、衝突防止ヲ理由トシテ多数警官ヲ同地ニ派遣シタル為七月一日ノ衝突事件ヲ発生シタル次第ナルカ右衝突発生後貴国各新聞カ中国地方官憲ニ於テ鮮農ヲ圧迫セリト故意ニ誇大ノ辞句ヲ弄シタル為朝鮮各地ニ於ケル華僑殺戮ノ重大事件ヲ醸成スルニ至レルモノニシテ貴代理公使亦本月十一日附来翰中圧迫ヲ以テ原因トセラレタルハ本部長ノ其ノ意ヲ解スル能ハサル所ニ有之候査スルニ朝鮮農民ハ条約上既ニ万宝山地方ニ於テ墾地居住ノ権利ナキ次第ナルニ付該鮮人等ノ即時同地退出方御取計相成度又在華貴国領事館警察官ニ対シテハ屡次当部ヨリ之カ撤退方及御照会置タル次第ナル処今回貴国警官カ擅ニ内地ニ侵入シテ肆ニ干渉ヲ行へルハ実ニ中国ノ領土行政主権ヲ蔑視セル次第ニシテ地方官庁ニ於テ屡々其ノ撤退方ヲ要求セルニ対シ貴国領事ノ命令ニ依ルト称シツツアル趣ナルカ領事館警察問題ハ別途申進スへキモ貴国長春駐在領事カ国際ノ常道ニ依ラス卒然トシテ警官ヲ派遣シ兵器ヲ携帯シテ鮮農ノ不法行動ヲ強制的ニ援助セシメラレタルニ対シテハ同領事ニ於テ自ラ相当ノ責任ヲ負ハルへク又右派遣警官ニ関シテハ即時撤退方御命令相成度尚鮮人李昇薫等ノ郝永徳ト訂立セル契約ニ至リハ既ニ墾地居住ノ権利ナキヲ以テ当然効力ヲ発生セサル次第ニ付応ニ根本的ニ取消サシメサルへキ義ト存候該鮮人等ニシテ確ニ善意ニ借受タルモノナルニ於テハ中国地方官ニ於テ査明ノ上当事者ヲシテ補償セシムへク又右鮮人等ノ水路掘鑿及堰堤築造ニ依リ被リタル華農ノ損害ニ対シテハ当然鮮人等ニ於テ責ヲ負フへキ義ニ有之候右補償問題ニ関シテハ当部在吉林特派員ト貴国領事トノ間ニ公平ニ調停処理セラルへク然ラサレハ司法手続ニ依リ解決セシムヘキ義ニ有之候右御了悉ノ上夫々至急御取計相成且成ルへク速カニ御回示ヲ得度此段照会得貴意候
敬具
大中華民国外交部長 王正廷
大日本国駐華臨時代理公使 重光葵殿
[257] 昭和6年8月8日 在長春田代領事より幣原外務大臣宛(電報)
我が方は万宝山派遣警察官撤退を無事完了した旨吉林総領事に通報について
長春 8月8日後発
本省 8月8日後着
第八四号(暗)
本官発吉林宛電報
第一三号
往電第一二号ニ関シ
万宝山派遣警察官全員本八日午後一時馬廠溝出発同五時半帰長無事引揚ヲ了シタリ右不取敢
往電第一二号ノ通リ転電セリ