資料

独立国家の承認問題に就て

みすず書房「現代史資料(7) 満洲事変」P.356
1932年1月27日、参謀本部

独立国家の承認問題に就て

昭和七年一月二十七日
参謀本部

判決

 満蒙新国家は当分黙示的方法に依り承認の実効を収むるを主とし成るべく速に国際環境を有利に導き明示的方法を以て承認の意思を明確ならしむるを要す

説明

一、新国家の承認に関して問題となるべきは其時機と方法なり抑々国家承認の方法は之を明示的と黙示的とに区別するを得べく前者中には承認の意思を表示する正式の宣言に依ることあり又新国家との条約中に於て承認を明言することあり後者は承認の意思を明示せざるも其承認の意思を有することを推測し得べき行為を行へる場合に存するものにして新国家と正式の外交使節を交換し或は新国家と条約を締結するが如し

二、若し新国家にして支那中央政権は固より第三国の承認もなく而かも其基礎確立せず国家としての条件に於て欠くるところあるに拘らず帝国のみ独り承認を明示するときは恰も母国の適法政府と其存立を争へる叛徒団体に過早に国家の承認を与ふるが如き現象を呈し母国に対する不法なる干渉を以て目せられ従て九国条約に謂ふ「支那の主権独立並其領土的及行政的保全を尊重す支那が自ら有力且安固なる政府を確立維持する為最完全にして且最障碍なき機会を之に供与すること」の精神に悖るものと看做さるるの虞なしとせず故に新国家にして独立を宣言し而も帝国直に之れに明示的承認を与ふるは帝国従来の声明に対しても之れを避くるを要す

三、然れ共国家は承認を須って初めて成立するものにあらずして満蒙新国家も亦之が成立の事実は否定すべからず之をも尚否定せんとするは却て内政干渉の罪を犯すものなり満蒙は現情既に中央政権の統治下にあらず殊に新国家にして独立を宣言するや名実共に中華民国主権の外に立つこととなり帝国は今や独立国家成立の可否を云為すべきときにあらずして新国家を交渉の対手とするの他、策なきなり若帝国にして非承認的態度に出でんか彼等は帝国の決意薄きを観取し延て自己の立場に動揺を来し彼等の事業は為に挫折するに至らん

四、茲に於てか帝国は承認の形式論を避け現実に即して新国家と必要の協定を遂げ進んでは条約をも締結し其種類によりては秘密協約となし以て実効を収むるを可とす而して新国家との協定乃至条約を締結するは既に述べたる如く承認の黙示的方法たるは言を俟たず

五、以上の如く黙示的承認方法を以て進む場合は将来改めて之を明示するの要なきが如しと雖将来遭遇すべき各種の不便を除き特に支那の国民性に鑑み前項の不利を医し又帝国の態度を公正且鮮明ならしむる為には結局之を明示するを要し従て之れを適当なる環境に導くべきものとす而して上記の如き環境に導かんが為には先づ九国条約を改正するか若くは其適用範囲の限定を行ふの要あり此主張は満蒙に独立国家の成立せる一大変革後適当の時機に於て叫ばれざるべからず即ち概ね新国家の独立要素具備するに至らば九国条約改訂の為締約国の招集を提議すべきものとす蓋し九国条約を改訂することなく新国家を承認するは明らかに不信行為たるの譏を免れざると共に新国家成立後之と取極乃至条約を締結して権益の拡充を企図するは事実に於て九国条約の条項に牴触するものなればなり而して国家の現勢民族の発展に適合せざる条約は之れが改訂を実施せる前例内外に少からざるを以て寧ろ進んで現情に適応する如く九国条約の改訂を提議すべきものとす

対策

一、満蒙に新国家の発祥を見ば帝国は表面承認せず又否認もせず暫く静観的態度を取る
  但言論機関其他を以て非公式に之れを祝福声援す
二、国防並に外交委任に関する条約は当分之れを秘密とし駐兵は治安維持並に護路の目的に副ふものとして協定す
三、其他の主権に影響せざる政治的並に経済的条約、協定は所要に臨み之れを公示す
四、国家内容概ね順調に充実するに至らば帝国は現実の事態に則して九国条約の改訂を提議す
五、九国条約の改訂を見ば正式に承認す
  右改訂の望なき場合は機を見て断然単独に承認す