資料

武居淸太郎中佐による予算試案の建議

防衛省防衛研究所戦史室「戦史叢書第090巻 支那事変陸軍作戦<3>昭和十六年十二月まで」(朝雲出版社)P.174
1940年4月、参謀本部作戦課兵站主任 武居淸太郎中佐

建議書原文は半紙60枚に及ぶ長文のものだが、以下に書き起すのは、その前半部分の戦史叢書による骨子要約。

前言

 支那事変遂行の真っただ中、陸軍中央部に一時的混乱を惹起す、その直接の原因は省部責任者の事変処理に対する根本思想の不一致と怠慢にあった。本書は上司の御賢察を仰ぎ国家の大願成就を祈念するものである。

第一節 対内ノ情勢

一 在支兵力量ト修正軍備充実トノ関係

 従来両者の相関関係についての配慮が不足であったが、ここに両者並行できる左記予算計画を建議する。

(単位・百万円)

 

 在支兵力在支部隊費新設軍備費
昭和十五年度八〇万人二,四〇〇一,〇二二
〃十六〃五五〃一,六五〇二,一八八
〃十七〃四五〃一,三五〇二,五二九
〃十八〃四〇〃一,二〇〇二,九二四
〃十九〃四〇〃一,二〇〇一,三九五
〃二十〃三〇〃一,〇〇九八七三
〃二十一〃三〇〃一,〇〇九八七三
合計 九,八一八一一,八〇四

(陸軍省積算よりも新設軍備費が約一三億円減)

二 帝国財政ノ管見ト今後ノ推断

 事変は武力戦より政治経済戦に移行しており、国家の財政経済を度外視した統帥は存在しない。ここで最も重要な問題は、国民に戦争目的を具体的に明示することであって、現状のように事変の目的が不明なままでは多額の負担(国債既発行百億円、民間消化九.二%)を国民に甘受させられるものではない。

三 帝国国防重要資源ト今後ノ推断

 日本の国防資源は今後数年間いかに努力するも英米に依存しなければならない状況にあり、近代戦遂行などは到底思いもよらないところであるから、国力建設こそは万策を尽くして努力しなければならない。

四 支那事変戦後ノ経営

 戦後当分の間は近代戦の遂行は至難であり、ここに国防上の重大危機が包蔵されている。故に今日から国力建設に最善を尽くす必要がある。

第二節 支那及第三国ノ情勢

 事変の終了しない最大の癌は、重慶政府の態度と英米蘇の援蒋行為であり、かれらを相手の事変終了は当分期待すべくもないから、自主解決に徹する要がある。

 蒋介石の心境は我に近似しながら和解できないのが今事変の特色であり、敵国内部の実勢は我が国と同様かむしろ我が国よりも複雑怪奇であろう。だから事変解決を焦燥する願望は危険である。

 第三国の援蒋行為は絶対に中絶することはない。

 欧州戦争の終了は日本には全く関係ない。我々は他国を頼むべからず自らを備うべきである。その早期終了を見んか、強度の第三国干渉あるは当然であろう。

第三節 支那事変ノ終末方策

方針

一 日支合意ノ上昭和十六年ヨリ逐次東亜新秩序建設ノ具体的実行ニ着手ス 之ガ為日本ハ先ヅ昭和十六年度初夏ヲ期シ戦略態勢ノ一部改編ヲ行ヒテ其ノ実証ヲ示シ支那亦之ニ即応スル確証ヲ示シ逐次歳ヲ追ヒ日支調整方針ノ完遂ヲ期ス

二 事変処置即国力充実ノ具現ヲ期スルト共ニ之ガ観念ヲ徹底ス

三 万一ノ場合ニ於ケル対策ニ関シテハ万遺憾ナカラシムヲ要ス

要領

 右方針実現ノ為左記条項ヲ是認シ日支直接交渉ニ導キテ之ガ成立ヲ期ス

 但シ之ガ成立ノ暁ニハ飽ク迄モ新国民政府仲介形式ヲ取ル

1 日本派遣軍ハ昭和十六年初夏ヲ期シ武漢地区ヲ支那側ニ委譲ス
  但シ支那側ノ誠意確認ノ為一部ノ兵力ヲ暫定的ニ武漢及其下流ノ要地ニ配置ス

2 支那側ハ右日本軍ノ戦略態勢改編実施前ニ左記ヲ確約調印ス

(イ)昭和十六年以降五年間ヲ画シ日支調整方針ノ概成ヲ期スル為既定講和条件ノ実施ヲ確約ス

(ロ)成ルベク速ニ汪蔣合作政権ヲ確立シ前記ノ実施ヲ確約ス

(ハ)反共欧米経済侵略ノ打破及善隣友好ノ実現ハ支那側内部情勢ニ応ズル如ク委スベシト雖成ルベク速ニ之ガ概成ヲ確約ス

(ニ)前三項ヲ確約シ武漢地区委譲ノ為全線ニ亙ル停戦止ムヲ得ザル場合ニ於テモ少ナクモ中支戦線ノ停戦ヲ行フコトヲ確約ス

3 前二号着手以後ニ於ケル日支ノ関係ハ漸進的ニ成ルベク早期ニ完結ヲ期ス